決済代行業者の法的責任1~民事執行

考察の契機

当サイトの「オンラインカジノの摘発について」という記事の中で、決済代行業者についての、2016年の常習賭博での摘発事例、今年9月の賭博幇助での摘発事例を紹介し、考察しました。

その中で、賭博は一人ではできないという性質と、国内の顧客と海外のオンラインカジノを金銭的に繋げるという意味において、決済事業者の「橋渡し役」としての重要性も指摘しました。

この記事では、決済代行業者の法的責任についてさらに深堀りし、預けた資金を回収する際のハードルについても考察していきたいと思います。


決済業者がどのような法的責任を負うか、預けた資金をどのように回収するか

(1)刑事責任

今年9月の賭博幇助での摘発事例のような決済サービスは、銀行法、資金決済法の規制を受けますので、銀行や資金移動業者しかできません。
すなわち、国内で登録を受けた登録業者しかサービスを提供することができないのです。

無登録で資金移動業を営んだ場合は、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、またはその両方が科されます(銀行法61条1号、同法4条1項)。

したがって、無登録業者は銀行法に基づく刑事罰を受けることになりますが、刑事罰はあくまで刑事罰ですので、これをもってサービス業者に預けた資金が返金されるわけではありません。

なお、刑事事件においては、往々にして、加害者と被害者との間で示談交渉がなされることが多く、示談の成立にあたって被害者が金銭的な被害弁償を得ることがあります。
しかし、これは「被害者と加害者」という構図が存在する犯罪(たとえば窃盗、横領、詐欺など)において成り立つものです。
この構図が成り立たない銀行法違反では、示談交渉がなされることはなく、被害者として申し出て被害弁償を受けることは難しいと考えられます。

(2)民事責任

登録事業者は、利用者から預かった資金と同額以上の額を供託等によって保全する義務を負います(資金決済法43条)。
もし登録事業者が犯罪行為を行った場合、当該事業者の信用は失墜し、経営破綻を招きますが、このように登録事業者が万一破綻した場合には、利用者は、財務局の還付手続により、供託等によって保全されている資産から、優先的に弁済を受けることができます(資金決済法59条)。

しかし、無登録事業者であれば、法律に基づく登録を受けていないわけですから、このような資金保全はおそらくなされていません。
そのため、登録事業者のような還付手続による優先的弁済は全く期待できません。

このような無登録事業者から、利用者が預けた資金を回収するには、どうすればよいのでしょうか。

ア 考えられる方法

このような無登録事業者が犯罪行為を犯した場合、利用者が預けた資金を回収する方法としては、①交渉、②裁判、③ADRといった方法がありますが、これらの方法による場合の具体的内容や、どれくらいの時間がかかるのか、といった点については、当サイト「無登録海外FX業者による出金停止への対処方法」の「どれくらいの時間がかかるのか」「1 民事事件」の項目をご参照ください。

イ 回収のハードル

①交渉、③ADRは、協議がまとまれば任意の支払いを受けることができるでしょう。
しかし、②裁判では、たとえ勝訴しても、相手が判決に基づいて任意に支払わなければ、強制執行をしなければなりません。

ウ 調査のハードル

なお、強制執行の対象となる相手の財産(不動産、預金、動産など)の調査が、また別のハードルとして存在します。

もちろん、相手が国内に所在する場合は、海外に所在する場合に比べて一般的にハードルは低くなりますが、それでも容易な調査ではありません。

この調査については別の記事にします。


民事執行

強制執行、担保権の実行としての競売及び民法、商法、その他の法律の規定による換価のための競売並びに債務者の財産状況の調査を総称して、「民事執行」といいます(民事執行法1条)。

民事執行は、裁判で勝訴して得た請求権を実現するための最終的な手段です。
たとえ裁判で勝訴しても、相手が判決に基づいて任意に支払わない場合に、権利者の権利を実現するには民事執行に拠らざるを得ません。
民事執行がなければ、権利者の権利は画に描いた餅に等しいといえます。

以下では、預けたお金を無登録事業者からどのように回収するかという視点を軸に、私の経験を踏まえたポイントとなる事項を主に掲載します。

なお、強制執行についての一般事項については、裁判所のホームページ(https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/minzi_section21/index.html。※東京では、東京地裁民事21部が強制執行の専門部になります。)などに譲ります。


裁判で勝訴した場合の民事執行

主な民事執行としては、
債権執行
不動産執行
動産執行
があります。

※どの執行手続でも、申立には申立手数料がかかり、郵便切手の予納も必要です。
申立手数料と郵便切手の予納額は各裁判所で定められています。


債権執行

債権執行は、債権者が、債務者の第三債務者に対する債権を差押え、これを換価して債務者の債務の弁済に充てる執行手続をいいます。

※強制執行の段階では、通常、裁判で原告として何らかの金銭債権を訴えて勝訴した者を「債権者」といい、その裁判で敗訴した被告を「債務者」といいます。
第三債務者は、債務者が債権を有している「第三者」をいいます。

たとえば、裁判で貸金返還請求権を訴えて勝訴した者(債権者)が、敗訴した者(債務者)が金融機関に有している預金債権を差し押さえる場合、などがあります。

債権者

(貸金返還請求権)

債務者

(預金債権)
差押え

第三債務者
債権者

(貸金返還請求権)

債務者

(預金債権)
差押え

第三債務者

債権執行における注意点

(1)預金債権を差し押さえる場合

ア 口座の特定

まずは、口座を特定できるか、という点です。
口座の特定は、金融機関名、支店名まで特定すればよいというのが実務の運用です。
この調査は、23条照会や探偵調査などにより行いますが、もちろん限界もあります。

調査によって口座が特定できない場合、たとえば法人であれば本店や支店の所在地の近隣の金融機関の支店、個人であれば住所地や生活県内に所在する金融機関の支店など、最も可能性が高い支店を、やむを得ず決め打ちする場合もあります。

無登録事業者の口座を特定する場合、資金を預けた振込先口座はわかっている状態ではありますが、被害者が多数いると、その口座は既に多数の被害者が特定している状況でしょうから、特定しても、後記の差押えの競合が生じる場合がほとんどであると考えられます。

また、差押えの競合を含めて複数の被害者から請求されることは容易に予想できますから、振込先口座から預金を下ろしてしまっている場合もあると思われます。(無登録事業者は、日常的に預金を「カラ」にしている場合も往々にしてあるでしょう。)

差押えのタイミング

仮に口座を特定できたとしても、預金債権の差押えは、タイミングが重要です。
差押えの効力は、裁判所が発出した差押命令書が第三債務者に届いたときに生じます(「送達」といいます。民事執行法145条5項)。

この送達の時期について、裁判所が、債権者が希望する時期に送達してくれる場合もありますが、原則として、債権者は送達時期を選べません。
したがって、残高に動きがある口座を差し押さえる場合、差押命令の送達のタイミングによっては、空振り(残高がゼロ円または少額)になる場合もあります。

そうならないためにどうすればよいか、ということですが、たとえば、23条照会などにより、口座の特定情報ではなく、より詳細な取引明細を取得できれば、残高があるタイミングをある程度予想して、そのタイミングに合わせて差押命令を申し立てることも考えられます。

しかし、金融機関によっては、照会時に残高しか開示されない場合もありますので、23条照会などによる調査を経てもなお、差押えのタイミングを図ることが難しいこともあります。

無登録事業者の預金を差押える場合、仮に口座を特定でき、差押えのタイミングを図ることができたとしても、既に逃げていてその口座を使っていない、使っていてもこまめに残高をゼロにしているなども予想されますので、差押えのタイミングを図ったとしても奏功しないことも往々にしてあると思います。

(2)売掛金を差し押さえる場合

債務者と第三債務者が取引関係にある場合、債務者が第三債務者に対して、取引による債権(売掛金)を有している場合があります。
債権執行では、この売掛金を差し押さえるという手段もあり得ます。

最も難しいのは、売掛金債権の特定であると考えられます。

差押命令の申立にあたっては、「債権の特定」(誰が、誰に対して、どのような法的根拠に基づくどのような内容の請求権を有しているか、いつ発生したか、など)が必要です。
つまり、債務者と第三債務者との間の取引がどのような取引なのかを相当程度特定しなければならないのです。

この取引関係の調査は、実際、23条照会や探偵調査では調査しきれない場合がほとんどだと思います。
調査方法としては、もし債務者や第三債務者がホームページを持っていれば、そのホームページに取引先として名称が記載されていないか、あるいは、債務者の業種や業態から予想するしかありません。

無登録事業者の取引関係は、外部から調査することはほぼ不可能と思われますが、被害者が無登録事業者と取引していた中にヒントが隠されているかもしれません。
たとえば、無登録事業者が、顧客からの資金の振込先を他の業者の名義の金融機関口座に指定していた場合、その口座名義業者を下請けとして扱っていたり、業務委託契約関係にあるかもしれません。
その場合、無登録事業者が、他の業者に対して、預託した資金の返還請求権などを有している場合もあるかもしれません。

但し、無登録事業者は、日々、手を変え品を変え、振込口座も頻繁に変えていることが多いため、仮に過去に取引関係のあった下請け(あるいは受託)業者などを特定できても、そのときには取引相手が変わっており、時すでに遅しという状況も大いにあり得ます。

(3)差押えが競合する場合

複数の債権者がいる場合でも、債権者はそれぞれ勝訴判決を取得すれば、同一の債務者に対して差押え(二重差押え)をすることができます。

二重差押えがあった場合、第三債務者は、差押債権者のうち一人に弁済をすることができず、債務を免れるためには供託をしなければなりません(民事執行法156条、義務供託)

債権の一部が差押えられて差押えが競合し、その総額が、差押えの対象となる債権(債務者の第三債務者に対する債権)の額を超えるときは、それぞれの差押えの効力は当該債権の全部に及びますので(民事執行法149条)、各債権者は、差し押さえられた債権の全額について、各自の請求権の割合に応じて配当を受けることになります。

配当を受けるための差押えのタイムリミットは、第三債務者による供託が行われた時点とされています(民事執行法165条1号)。

無登録事業者に対して、複数の被害者が勝訴判決を取得した場合、その複数の被害者の差押えが競合することになります。
この場合、無登録事業者の第三債務者に対する債権の全額について、複数の被害者の請求権の割合に応じて配当となります。

但し、配当額としていくらを受け取ることができるかは、無登録事業者の第三債務者に対する債権の金額に拠ります。
この金額が少なければ少ないほど、配当額も少なくなりますし、被害者の数が多ければ多いほど配当の頭数も増えますので、やはり配当額は少なくなります。

差押えのタイミングは早ければ早いほど有利とはいえますが、被害者多数の場合は、差押えもそれだけ多く競合しますので、配当額に期待を持てないということになります。


不動産執行

不動産執行は、債務者の不動産を、競売によって売却し換価する執行手続をいいます。


不動産執行における注意点

(1)不動産の調査

不動産の調査は、法務局のデータベースを使い簡単に行えます。
もっとも、不動産執行の対象は、債務者所有不動産のみです。
したがって、所有不動産のない債務者に対しては、不動産執行は使えません。

無登録事業者が不動産を所有していることは、まずほとんどないと言ってよいでしょう。
無登録事業者は、レンタルオフィスやバーチャルオフィスを本店所在地としている場合も多く、当局の規制の目に留まらないよう、所在地を転々とすることもあります。

したがって、無登録事業者に対して勝訴判決を取得し、不動産執行を行う場面はそう多くはないと思います。

なお、無登録事業者が代表者個人の自宅(別宅)など関連不動産を本店所在地としている場合もありますが、勝訴判決の相手が無登録事業者である場合、たとえ代表者であっても法的には別の人格です。
したがって、無登録事業者に対して取得した勝訴判決に基づき、代表者の所有不動産を差し押さえることはできません。

(2)申立てには、予納金、登録免許税の支払いが必要

申立手数料のほか、各裁判所に決められた予納金と、債権額の1000分の4にあたる登録免許税が必要です。
予納金と登録免許税の支払は、債権執行にはない制度です。

(3)任意売却よりも安価になることが多いこと

競売の形式は、オークションです。
競売にかかった物件から、入札者が良さそうなものを見つけて、入札します。
入札には期限があり、最も高値であった人が落札します。

一般論として、落札価格は任意売却の売却価格より安価になることが多いです。

(4)配当額

債権執行の場合と同様、配当額としていくらを受け取ることができるかは、無登録事業者の第三債務者に対する債権の金額に拠ります。
この金額が少なければ少ないほど、配当額も少なくなりますし、被害者の数が多ければ多いほど配当の頭数も増えますので、やはり配当額は少なくなります。


動産執行

動産執行は、金銭的価値のある家財道具(但し、生活必需品ではないもの)、現金、株券、宝石、高級時計、ブランドバッグなど、物理的に差押え可能な動産を差押える執行手続をいいます。

裁判所の執行官が、差押えの対象となる動産の所在地(たとえば、債務者の自宅、別宅や、会社など)に赴き、直接、差押えの手続を行います。


動産執行における注意点

(1)所在地の特定

まずは、所在地の特定です。
不動産の所有者ではなく、債務者の所在地を確認します。
これは、勝訴判決を得ている場合は判決書記載の債務者の所在地、もしくはその後の所在調査により判明した債務者の所在地になりますので、比較的容易にできます。

ただし、レンタルオフィスの場合は物理的なスペースを占有しているはずなので、動産が所在している可能性がありますが、バーチャルオフィスの場合、通常借りられるのはオフィスの住所と電話番号のみですので、動産が所在している可能性は低いです。

無登録事業者を債務者として動産執行する場合、所在地がどのような不動産形態なのか、特に、バーチャルオフィスではないか、という視点で調査を行う必要があります。

(2)対象動産の所有者の特定

差押の対象となるのは、「債務者の動産」に限られます。
債務者が個人で独居であれば、当該居宅等に存在する動産は債務者所有であると推定されますが、同居人がいる場合、同居人所有である可能性があり、同居人所有の動産は差押えできません。
また、債務者が法人の場合、個人の所有物と思われる動産、法人所有かどうか判断がつかない動産がある場合もあります。
複数名が出入りする部屋では、複数名の所有の可能性を探らなければなりません。
この判断は、執行官が行いますが、動産執行の現場に居合わせた債務者が、自身の所有物ではないと、抵抗する場面も有り得ます。
債権者としては、特に現金を差し押さえることを希望する場合が多いと思いますが、現金には記名などしませんし、誰の所有かわからない(たとえば、家族のもの)ために差押えできないということも有り得ます。

したがって、債務者が個人か否か、個人であれば家族などと同居しているか否か、法人であればどの程度の規模なのか、オフィスの占有スペースや間取りはどのようなものかなど、確実に債務者の所有動産を差し押さえるために、広範な調査を要することもあります。

(3)申立てには、予納金、登録免許税の支払いが必要

申立手数料のほか、各裁判所に決められた予納金が必要です。


まとめ

無登録事業者を債務者とする強制執行について考察しましたが、最も現実的なのは債権執行と思われます。
但し、債権執行をしても、被害者が多数の場合には、配当額は必然的に少なくなります。
これはもちろん当該無登録事業者の資力にも拠りますが、ただでさえ、法律に基づく登録を受けておらず、資金保全がなされていないのですから、最終的に資金を回収するには、かなりの高度なハードルがあることは想像に難くありません。
この記事は、オンラインカジノの摘発という論点から派生して作成したものですが、FXや暗号資産取引なども含め、無登録事業者とは絶対に取引をしないという、当たり前の一般論を、再度確認できたと思います。