決済代行業者の法的責任3~民事保全

「決済代行業者の法的責任」において、無登録事業者としての決済代行業者に対する民事執行、その前提となる財産調査について考察しました。

今回は、第3編として、民事保全、そのなかでも仮差押えについて考察したいと思います。

民事保全の意義

決済代行業者に対して何らかの法的請求をしても、任意の支払いがなされず、不誠実な対応に終始することがあり得ます。

この場合、強制的に支払を得る手段を講じる必要がありますが、「強制的」といっても、たとえば無理やりに決済代行業者の社屋からお金を奪ってくるなど、力任せに支払を得ることは禁じられています。
(いわゆる「自力救済の禁止」。最高裁平成元年7月7日決定など。)

このような場合に、「決済代行業者の法的責任1」で考察した民事執行という手段を用い、裁判所が関与して権利の実現を図ることが考えられますが、そのためには、民事訴訟を提起し、勝訴判決を得るなど、権利の存在と内容を裁判所に確定してもらわなければなりません。

しかし、民事訴訟で権利の存在と内容を確定してもらうには相応の時間がかかりますし、民事執行となるとさらに時間がかかります。

時間がかかっている間に、決済代行業者が財産を隠匿したり、第三者に譲渡してしまったりすることがあります。あるいは、他の債権者が先に回収してしまうこともあり得ます。

そこで、そのような事態を未然に防ぎ、民事訴訟提起の前であっても権利を保護するために存在するのが民事保全の制度です。

民事保全法1条は、以下のとおり定め、「本案の権利の実現を保全」することを目的として掲げています。

民事保全法1条

民事訴訟の本案の権利の実現を保全するための仮差押え及び係争物に関する仮処分並びに民事訴訟の本案の権利関係につき仮の地位を定めるための仮処分(以下「民事保全」と総称する。)については、他の法令に定めるもののほか、この法律の定めるところによる。

※ここでいう「本案」とは、民事保全の目的となる権利についての本裁判のことをいいます。

この記事のテーマである仮差押えも、民事保全の一つであり、最もよく利用される法的手段です。

仮差押え

(1)意義

仮差押えは、訴訟提起をして判決が出る前の段階で、相手の財産の処分を禁止する手続です。

裁判所に対して仮差押命令の申立てを行い、裁判所が必要性などを審査し、申立てた側に担保(担保金)を立てさせたうえで、仮差押命令を発令します。

(2)効果

財産散逸の回避

「処分を禁止する」とは、預金であれば残高を引き出せなくなり、不動産であれば名義を変更できなくなるということです。

相手の「処分を禁止する」ことで、財産の散逸を回避するという効果があります。

仮差押えは、相手に知られない状態で裁判所が命令を発令する手続であり、スムーズに手続を進めることができれば、申立から発令まで1週間程度で行うことも可能ですので、相手が財産を隠したり、第三者に譲渡したりすることを防ぐのにとても効果的な手続です。

事実上、交渉を有利に進めることができる可能性があること

相手は、仮差押を受けると、財産を処分できなくなりますが、たとえば預金口座であれば、当該口座が凍結されてしまったり、当該金融機関からの信用にかかわるなど、様々な不都合を生じることがあります。

このような不都合を、相手が早期に解消したいと思えば、支払が促進される可能性もあります。
このような点で、仮差押を行うことで、相手との交渉が有利に運ぶこともあるのです。

具体的な仮差押え

(1)被保全債権

保全すべき権利のことを「被保全債権」といいます(民事保全法13条1項)。

ア どのような請求権を被保全債権とするか

この被保全債権は、法律に基づく権利であるため様々ですが、無登録事業者たる決済代行業者を相手にする場合は、
預託契約に基づく預託金返還請求権
あるいは、
不法行為に基づく損害賠償請求権
のいずれかになると理解されます。

決済代行業者を相手に仮差押をする場合、①ないし②を被保全債権として、仮差押を申し立てることが多いと思います。

イ ①と②を比較した場合

類型的に、②は、①に比べて、仮差押えのハードルが上がると考えてよいと思います。
民事保全法は、被保全債権の「疎明」を求めています(民事保全法13条2項)。

民事保全法13条2項

保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。

「疎明」とは、ある事実について、一応確からしいと裁判官が考えるに到達するに足りる証明の程度をいいます。

これに対して、「証明」は、ある事実について、確信に至っていると裁判官が考える程度の状態をいいます。

したがって、民事保全法が被保全債権について要求する「疎明」は、「証明」でなくてもよい(証明の程度が軽減されている)、ということになっています。

上記②不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全債権にする場合、民法709条が要求する、故意または過失、権利侵害ないし違法性、相当因果関係、損害(損害額)の要件についての事実を疎明すればよいということになります。

民法709条

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

しかし、これらの要件はいずれも抽象的な要件であり、一般論として、疎明が容易ではありません。

また、不法行為の場合は、往々にして刑事事件(たとえば、詐欺、横領など)を同時に構成する場合も少なくありません。

そのような点で、申立を受けた裁判所の捉え方として、経験則上、申立側が、まずは証明の程度が軽減されている手続を利用して、裁判所の発令を得て相手に圧力をかけようとする意図があるのではないかと警戒されることもあり得ます。

したがって、「疎明」といえども、実質的には高度な疎明(証明に近づいた疎明)を要求されることもあり得るということになりますので、②不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全債権とする場合、それだけでハードルが上がってしまうことも懸念されます。

他方で、①預託契約に基づく預託金返還請求権を被保全債権とする場合、基本的には、預託契約の成立、預託の事実など、比較的単純で、「疎明」もしやすい事実を疎明すれば、発令に至ると思います。

以上の点で、②は①に比べてハードルが高いと考えられます。

(2)仮差押えの対象財産

仮差押えを行う際の対象財産としては、主に、預金債権、売掛金債権、不動産、動産などがありますが、これは強制執行の段階における差押え(「仮差押え」に対して、「本差押え」と言う場合もあります。)と同様ですので、「決済代行業者の法的責任1~民事執行 」をご参照ください。

なお、債権の仮差押えの場合は、不動産の仮差押えができないことを疎明しなければならないことに注意が必要です。

債権の仮差押えは、相手に一定のダメージを与えることができますが、仮差押手続が、基本的には相手に知らせずに進んでしまうことから、裁判所としては、よりダメージが少ない手段があれば、まずはその手段を選択すべき、という考え方なのです。

そこで、相手が不動産を有し、不動産の仮差押えが可能であれば、まずは不動産の仮差押えをすべきであり、債権を仮差押したい場合は、その必要性の一つとして、相手が不動産を有していないことの疎明を求めるのです。

ただし、無登録事業者は、レンタルオフィスやバーチャルオフィスを本店所在地としている場合が多いと思われますので、不動産の仮差押えができないことの疎明は比較的容易と思います。

決済代行業者が海外法人である場合

最後に、決済代行業者が海外法人である場合、そしてその財産(銀行口座、不動産、動産など)が海外に所在する場合、仮差押えは可能か、という問題について検討します。

民事保全法11条は、以下のとおり定めています。

民事保全法11条

保全命令の申立ては、日本の裁判所に本案の訴えを提起することができるとき、又は仮に差し押さえるべき物若しくは係争物が日本国内にあるときに限り、することができる。

この規定によれば、相手が海外法人であっても「日本の裁判所に本案の訴えを提起することができ」、または、仮差押えの対象財産が「日本国内にある」ということであれば、仮差押えは可能です。

(1)「日本の裁判所に本案の訴えを提起することができ」

ただし、「日本の裁判所に本案の訴えを提起することができ」については、「司法共助」が常に付きまといます。
「司法共助」については、「無登録海外FX業者による出金停止への対処方法」の記事をご覧ください。

(2)仮差押えの対象財産が「日本国内にある」

また、対象財産について、民事保全法12条4項本文は、以下のように定めています。

民事保全法12条4項本文

仮に差し押さえるべき物又は係争物が債権(民事執行法(昭和五十四年法律第四号)第百四十三条に規定する債権をいう。以下この条において同じ。)であるときは、その債権は、その債権の債務者(以下「第三債務者」という。)の普通裁判籍の所在地にあるものとする。

この規定からすれば、たとえば預金を仮差押えする場合、預金債権の債務者(金融機関)の普通裁判籍が所在地となりますが、海外口座の預金の場合、その国に、日本の「普通裁判籍」が認められるか否かが問題となります。

この点も、「司法共助」の問題があります。
(預金債権のほか、売掛金などの債権も同様です。)

不動産については、民事保全法12条6項が、「その登記又は登録の地」を所在地であると規定しており、動産についても、同条4項が、その所在する場所を所在地と規定しています。

この点も、「司法共助」の問題のほか、不動産について、日本でいう登記制度と同様の制度の有無も問題となり得ます。

(3)小括

相手が海外法人の場合、いずれにしても、日本の裁判所のチェックをクリアするには相当ハードルが高いといえますし、翻訳や、本国とのやり取りに時間がかかるという問題もあります。

決済代行業者が他人名義の預金口座を利用している場合

預金債権の仮差押を申し立てる際、決済代行業者が他人名義の口座を有している場合でも、その預金が決済代行業者に帰属すること証明できれば、仮差押えが可能と思われます。

もっとも、以下の問題があります。

(1)「証明」が必要であること

上記でも記載しましたが、民事執行法13条2項は、以下のとおり定めています。

民事保全法13条2項

保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。

他人名義の口座が決済代行業者に帰属するという事実は、「保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性」に含まれないため、「疎明」では足りず、「証明」しなければならないと解されています。

(2)「証明」のハードル

「証明」の方法としては、たとえば、

①契約書など法的文書を提出して、決済代行業者と預金名義人との間で、住所、代表者、関係者などが一致していることを証明する

②親族関係であること、預金の原資を決済代行業者が出捐したこと、預金の取り扱い事務を決済代行業者が行っていることなどの事実を証明する

という方法が考えられますが、いずれも客観的資料を要するため、証明のハードルは相当に高いと言わざるを得ません。

まとめ

以上、無登録事業者を相手とする民事保全、特に仮差押えについて考察しました。

仮差押えの手続は、財産保全の必要性から、相手に知らせずに(密行性)、迅速に行う(「疎明」で足りるとするなど)手続ではあります。
一方で、無登録事業者が仮差押えを予測して、その所在や財産を隠そうとしている状況では、それらを結び付けるための資料提出も必要であり、迅速な手続が活かされない場合もあります。

民事執行、財産調査に続き、民事保全もいかに大変かがおわかりになったと思います。
最も有効なのは、無登録事業者とは取引しないという結論が自然と導かれると思います。